朴会長、その未来

SINCE 2001/01/01

(会長の役目)

会長の持つ指導力はどれぐらい大きいのでしょうか? 自分の見る限り、非常に大きいと思います。IJFを方向付けるものは今、テレビ収入を前提とした「スポーツ柔道の普及」です。日本の反対を押し切ってカラー柔道衣が採用された背景には、テレビ映りのよさがあげられます。

スポーツ柔道と、『柔道』とが相違する物か否かはここでは論じませんが、朴会長が会長就任時に掲げた公約は無視できないもので、今の柔道はその流れを実現しているといって過言ではありません。会長の行動指針そのものが現在のIJFといえます。

そうしたことを行えるだけの力と費用を会長が持っているのか、そこに関心があります。そして朴会長はアクションの多い人で、強権的な面も持ち合わせています。朴会長が何をしてきて、どんな発言をしてきたのか、それがIJFにどのような影響を及ぼせていたのかを、このコーナーで学びたいと思います。

朴会長について、あまりにも知らなさ過ぎますし、この最近の数年はカラー柔道衣問題に関する資料は『競技柔道の国際化』以外、ほとんど見ません。審判問題に対する真摯な書物が研究・出版されていない現状、こうした文章を書くときに必要な資料が『近代柔道』バックナンバーか、IJFページにしかないというのも、困った物です。

2001年度の会長職も朴会長が立候補しますが、対立候補が無いそうです。現時点で その再選が確定とされるほどの実績と評価なのであり、会長の方針を世界が承認しているのです。朴会長が何をしてきたか、どういう人なのかを知れば、これからも続く会長任期の間の柔道の流れも多少は予想できるかもしれません。

そして、会長のスタンスを知ればこそ、今後の柔道を日本がどのように守っていけばいいのか、見えてくると思います。

(IJF規定会長職の権限)

第十一条
3.会長はIJF規約、規定、ならびに決定に従わなければならない。会長は、総会および理事会の議長となる。会長は、理事会メンバーや委員会に、特定の問題解決を委任したり、また理事会の承認を経て、暫定ワーキンググループを任命する権利を持つ。


これを見る限り、会長の権限はそれほど大きなものではなく、実際の影響力は、会長その人のパーソナリティに負うところが大きいようです。

(朴会長は柔道経験者であるか?)


(経歴/IJF最新記事

1940年生まれ
1965年ソウル国立大学商学部卒業
1970年ニューヨーク大学スターン校にてMBA取得
1970〜75年商業銀行で修行
1975年『斗山』グループの副会長就任
1986年韓国柔道連盟会長(〜1995年)
1986IJFオリンピック理事
    ソウル五輪柔道競技運営統括者(〜1988年)
1988年韓国五輪協会会長
1991年IJF財務総長(〜1995年)
1995年IJF会長(〜2001年任期切れまで)

(現在の経歴)

東洋ビール会長
斗山グループ(DOOSAN?)副会長
韓国商工会議所会長

この記事を読めばわかりますが、彼は純粋な経済人です。1997年のカラー柔道着問題で揺れ動く柔道に関連して、1997年8月号『近代柔道』のP40〜43にて会長はインタビューを受けています。経営者としての才覚を買われてソウルオリンピックの組織委員会にも所属、それから友人の頼みで柔道連盟サイドの仕事を始めたとあります。そのインタビューの中で、会長はまず会長就任時の公約を話しています。

(就任時の公約)

1・柔道発展の為の資金確保
2・IJFの結束
3・各種講習会
4・普及強化

(本人が語る目標の整理)

1・IJF体制の強化

これは第一にIJFが政治力を排し、組織として指導力を発揮する力を持つことを目指します。第二に朴会長は会長就任以前は財政を担当していたので、経済的な安定により、行動の幅を広げる、金銭による様々な行動の制約から自由になることを目指します。

2・柔道人気を高める

テレビ放送による収入増大は不可欠であり、またその宣伝効果も見過ごすべきではなく、その点でカラー柔道衣は効果的である、としています。どこで読んだのかはっきりと覚えていないのですが、カラー柔道衣導入にはサマランチIOC会長の意向が強かったと、記憶があります。

これは『競技柔道の国際化』(不昧堂出版)P169にて、確認できました。

新会長のパクは就任後の理事会において、サマランチIOC会長の示唆を取り上げ、カラー柔道衣は1997(平成9)年の国際柔連総会で討議し、できれば同年の世界選手権から試合において採用したいと表明した。サマランチの指摘は1.柔道を魅力あるものにし、近代的武道として発展させる為にテレビの役割は重要である、2.次のオリンピックからIOCは収益配分を視聴率に応じて行う、3.柔道だけがオリンピックスポーツのなかでユニフォームに色が無い、という3点であった。

この点、朴会長はIOCの代理人ともいえます。柔道があるよりもまず、IOCがあるのです。

(その為の資金源)

発展を行う為に必要な資金はどこから得られるのか、それはIJFの総会で承認される会計報告に現われます。詳しくは『五輪・柔道・お金』をご覧下さい。必要な資金のほとんどは『五輪の放映権収入』に依存している実体が明らかになります。五輪収入の無い時期が如何に寂しいものか。


(朴会長の実績)

1:カラー柔道衣導入

柔道における変革のひとつです。テレビ放映権が絡まなければ、可決されなかったでしょう問題です。朴会長の方針は「放映権増大」により、「五輪に留まる」「収入の確保」、「それによる活動の充実」です。

いまのところ、シドニー五輪の放映権収入割り当てがどの程度なのかわからないのですが、推測は可能です。2001年1月号『柔道』P67にて、中村理事は『IJF財務規則によると、オリンピックによる収益分の50%は関係経費を差し引いたのち各大陸連盟に10%ずつ均等に分配される。信頼できる情報によると、2000年シドニー・オリンピックの収益分は各大陸とも約40万ドルであると予想される』と言っていますので、五大陸×40万ドルが50%に相当し、その倍が全体が受け取った金額と考えられます。つまり、約400万ドル程度の収入ではないかと計算され、1996年アトランタ五輪での分配金約274万ドルと比較すると、100万ドル以上、増額されています。

この増額を即ちカラー柔道衣の成果とするかは別の問題です。全体収入が増加すれば、以前と同じ分配比率でも、金額の増加はありえます。

金額面での成果、つまり五輪の中での地位向上が果たせているのかは検証出来ませんが、、朴会長の実績に『カラー柔道衣導入』及び、『2001年まで支援が必要な国に対して無償でカラー柔道衣を提供』を加えるのは問題ないと思います。

会長の提案ではなく、ヨーロッパ柔道連盟やヘーシンク氏の提案なのですが、「柔道衣は白」という伝統を打ち破り、『柔道の国際化を実行した』点は会長の実績です。

2:ホームページの充実

IJF公式ページに見られる、朴会長による『母国語』の積極的採用は会長の権力の大きさを物語ります。『韓国語』の文字表記をダウンロードするようか聞かれますし、審判規定のところには柔道発祥の地である日本の言語は無く、そうかと思えば他の言語に混ざって、会長の母国語、韓国語があります。

また宣伝に関しても、『韓国国際大会』は実際の大会規模と過去の歴史よりも、遥かに大きくページで扱われ、世界選手権やオリンピックに匹敵する取材量とスペースを割かれました。もっともこれは後日に見ましたら、結果のところは普通の大きさに縮小されていましたが。

福岡国際大会の1週間前に、合宿を含めて2週間程度に及ぶ大規模な大会を構想すること自体、韓国側の柔道への熱の入れようが伝わりますし、そうした企画を開催できることから韓国の柔道環境はバックアップされています。日本への対抗意識が、ありありと伝わってきます。

これは別に朴会長の行為を非難する物ではありません。自国に貢献しているのは、非常に素晴らしいことで、自国へ柔道を普及させようとする、そして母国の柔道を外国へ伝える宣伝熱意は、今の日本に多分、無い物です。

もしも日本が会長職にあったとして、今のようにIJFのページが国際的な物になっていたのか、疑問さえありますし、今、自分がこうしてこれだけの豊富な柔道環境を取り巻く資料を入手できたかといえば、そうでもないでしょう。

特に財政に関する公表資料、委員会会合の内容などは、他のIFではあまり無いと思います。自分はテニス・陸上・サッカーのIF(スポーツの競技連盟)のページを見に行きましたが、IJFほど何が行われているのかを詳細に報告するページは少ないように思えました。FIFAがきちんと財政報告をしていますので、ご紹介します。

3:世界選手権を毎年開催にする(2000年)

現在のスポーツ・組織規定には『3.行事予定』に世界選手権は規定されています。『世界選手権大会は奇数年の、オリンピック夏季大会のスケジュールと同じ月に開催される』と書かれており、それ以外の記述はありません。

2000年イタリアでのスポーツ・競技委員会報告にその提案の形を見ます。
3) Senior W.C. :

To increase from 2 to 3 the number of Senior WC for each Olympic period in order to have a top world individual event each year :

Olympic Games, WC, WC,WC (4 events in four years).

That was the aim we have tried to reach creating the World Cup by Team of Nation unfortunately these events are quite appreciated and must be continued (each 4 years); however they are not presenting the same interest for the advertising companies, medias and public as the Senior World Championships

The IJF Sports commission recommends the E.C. to study in the same time the way to increase the TV coverage and particularly to make more accessible the broadcasting.

Special remark it is extremely important to make these steps in order to prevent that others (professional organization) start to organize private professional tour.

Unanimous recommendation of the IJF Sports Commission for the E.C. to accept this new plan:

- for Juniors: each union having to organize each year a Junior Continental Championships and each 2 years one Union has to "open" its Continental Event to the rest of the World

- for Seniors to have for each Olympic period, OG and 3 Senior WC, it means 4 world events in 4 years.

To allow the Sports Commission to continue surveys in this field.

毎年開催は収入を増やしますし、柔道の放映権・広告料という『市場価値』創出を目的としており、それには不人気といいますか、扱いが低い『ワールドカップ』の向上も含まれます。2000年10月末のチュニジアの報告で、『朴会長がこの件(毎年開催、及びその一回大会を韓国で行う)を翌2001年総会にて提案する』とあり、決定事項ではありません。

4:2002年世界選手権大会に関する手法

IJFは来年から「五輪開催年以外に世界選手権を開く(今までは五輪の無い年の一年前、一年後)」としており、朴会長は2002年の韓国・済州島での世界ジュニア選手権を、「毎年開催の世界選手権第一回大会にしたい」と、2000年10月末総会で提案しており、それは2001年ミュンヘンでの総会で検討されます。

しかし、この『世界ジュニア選手権』決定の推移は、朴会長の強引さが目立ちましたので、その手法は朴会長の『実績』に残して問題ないでしょう。そもそも、2002年に世界選手権が開催される予定は、2001年ドイツ、2003年大阪の世界選手権開催が決定された時点では、ありませんでした。

まず始めにこのジュニア選手権開催地決定は前回のバーミンガムで決定しました。ハンガリーは『前回(バーミンガムの前)の総会でブダペストと決まっている』と主張しましたが、朴会長が『議事録にはブダペストという名前が登録されているだけで決定していない』としました。

またこれについてドゥイーブ事務局長(チュニジア)は、『ブダペストで決まったとして送付したファックスは間違いだ』と『事実を裏打ち』、この場で決めると、ここにきて突然『対立候補の韓国』が登場、『53対34』で韓国開催に決まった経緯があります。
(1999年『近代柔道』11月号P112記事を論拠とする)

『議事録に登録しているだけで決定していない』という言葉は俗に言う、『へ理屈』です。仮に会長が韓国出身で無いとして、このような流儀を行ったでしょうか。会長が『韓国で開きたい』と主張したかの事実関係は不明ですが、事務側も『FAXを送ったのは間違い』というのも、まるで説得力の無い台詞です。

時間的な推移、つまり『世界ジュニア選手権を韓国で開催したい』とバーミンガムで提案した時期に『世界選手権を毎年開催にする』が決定されていたならば、朴会長は確保した世界選手権を第一回大会にする為に強引な手法を取ったことになりますが、今までに見た資料でこの提案は、2000年6月イタリアで話し合われたスポーツ・競技委員会で俎上に載せられたようで、朴会長の韓国でのジュニア選手権『決定』の後になります。


さて、朴会長です。自分の手駒を最大限に利用するセンスに恵まれていると、考えてしかるべきです。毎年開催が総会で決まったとしても、それがいつからか決まっていません。自分の手の中にある『世界ジュニア選手権』を『毎年開催の世界選手権第一回大会』に化けさせるのは相当に頭が切れる、手段を選ばない人ではないでしょうか。

自分の利益になる行為を忘れない、これが朴会長の現実主義の姿です。
これは2と7でも述べることと重なります。


5:委員会の充実

ホームページのところでも書きましたが、二年に一度の総会以外に、さまざまな委員会による会合を重ねて、柔道のあり方を模索する態度は、結果や検討される課題がどうあれ、現状に満足せず、よりよいものを求める姿勢と評価できます。

6:資金提供

現在のIJFは五輪収入を当てにした財政規模です。朴会長は個人的に寄付を行い、IJFの活動に協力しています。IJFの財政規模は別表で示すように全柔連と大差が無く、それが世界を統括する団体の資金源だと思うと、さすがに同情を禁じ得ません。

もちろん、朴会長は現実主義者です。個人的に支払った代価に対して回収の見込みがあればこそ、投資は行われます。朴会長が票や支持をお金で買ったと非難されても仕方ないでしょうが、お金が必要な団体にお金を寄付するのは、宗家である日本がまったくしていない以上、仕方の無いことだと思います。

しかし、自分の果たしたい目的の為に、私財を投じる覚悟のある人が、今の日本にいるでしょうか。これは古代ローマの政治家が、公共事業に私財を投じたエピソードに似ている、とは言いすぎですが、少なくとも自分の考える形を実現する為に他人のお金に頼りきらない点は非常に評価できます。ですが、これも『投資』であり、『見返り』があることは、3と4と7で、示されています。


7:女性審判育成に関する特例の実施

再び登場した『自分に利益ももたらす』最も会長らしい手法、といえるのが、2000年10月末チュニジアで朴会長が提案、承認された韓国女性審判員に対する特例の実施です。雑誌『柔道』の中村理事の報告書を見てみましょう。

審判委員会は1992年オリンピック優勝者であるジュン・キム女史(韓国)の審判技能が優秀であることを認め、規定した年数に満たないものの、例外的に2001年のインターナショナル審判試験を受験することを許可したい。
 中村理事及び竹内副会長より、特定に人間に規則の例外を適用すること、及び候補者を1名に限定することは不適切ではないかとの見解が示された。朴会長より、大韓柔道会会長(矢部里注:朴会長は同会長職を兼任)の方針としてキム女史を審判員として育成する為の特別プログラムを実施していることが説明された。また、ジム・コジマ理事より、2004年のアテネ・オリンピックに女性審判員を採用するという方針に基づくと、優秀な審判員の早期育成が必要であるという見解が示されるとともに、女史に対する特例はコンチネンタルからインターナショナルへの受験期間を短縮することのみに限ることが説明された。
決議:承認


以前、この『ジュン・キム女史』の記事をIJFで見たはずなのですが、今は発見できませんので、ここにある中村理事の報告のみに基づいて、何が問題か、日本側が反対した理由と、常識的な問題点を指摘します。

この『特例』の問題点は、日本の代表が主張した見解と、もうひとつ自分の意見を加えるならば、『2004年のアテネ・オリンピックに女性審判員を採用するという方針』が根拠とされたことにあります。

つまり、審判資格がある人が五輪審判に選ばれるのではなく、まず『女性審判員を採用する必要』があり、その必要を満たす審判員を『事後的に鍛え上げる』点です。選手の利益(最良の審判の元で試合する)を考えておらず、無理に仕立て上げられた経験の無い審判が、登場する可能性が示唆されているのです。

そうした『審判の能力』を保証するものは、本来、経験と実績のみのはずですが、結果として、『大韓柔道会会長の方針によって、特別プログラムさえ使えば、規定を変更できる』事例と、『そうした特例に該当する人間を選択する権利が、審判の資質を持つ人を特定できる資格が大韓柔道会会長にあること』が、示されました。

後々に悪影響を及ぼすことは必至です。審判の資格を選考するのに、今までに審判委員が築き上げたことが無駄になり、朴会長の目に適えば、誰でも選ばれる可能性があるのです。審判としての経験も実績が無い、今までの柔道競技での実績しかない人画です。

選ばれた人が金メダリストである点を考慮しても、他にも金メダリストはいるはずで、後のことを考えれば、こうした実績を審判選考資格のプラス評価にするなど、枠組みを作るべきでした。またしても朴会長が『身内に甘い』点をさらけ出した格好と考えます。

『大韓柔道会会長』にそのような審判の資格を見極める才能と資格があるのでしょうか?


8.柔道の殿堂

柔道の歴史に貢献した人たちを殿堂に入れようとする朴会長発想の試みで、第一号は嘉納治五郎師範です。建設が予定されており、今のところフランス(どうして候補なのか自分には理解できかねますが)、日本が候補です。2001年まではIJFのホームページ上に存在しています。

9.年間最優秀選手賞創設

文字通り、その年に最も活躍した柔道選手を表彰しようと、野球で言えばMVPに該当する賞を創設しました。ジュニアとシニア、そして男女と四人が受賞者として選ばれます。いまのところ受賞に対するメリットは知りません。


10.一本トロフィー承認

1999年バーミンガム世界選手権から始まりました。『一本を目指す柔道』を奨励し、それを実現する人に栄誉を与える試みで、発案はIJF教育理事の中村良三氏です。それを実現させたのが朴会長の任期中ですから、一応、会長の功績に入るでしょう。

きちんと『寝技での一本』が入り、警告を含んだ総合勝ちや反則負けなど、自分の技によらない『勝ち』は評価対象にならない点など、『正しい一本』を求める選手が顕彰されるのですが、それがメダル以上の価値を持たなければ、『反則すれすれの柔道』が無くなることは無いと思います。

若干の奨学金(実質的に賞金)がでるそうです。


(朴会長の流儀)

朴会長は経済人で、柔道家ではありません。この事実は非常に重い意味を持ちます。現在の会長は柔道に経済的利益があり、それが続く限り、柔道と共にあり続けるでしょう。朴会長の動きは、「IOC」から与えられる放送権収入の増大を目指して、競技から外されない為に柔道を変革するといった立場に基づきます。

これは嘉納治五郎氏が柔道を五輪競技にしようとした時の次元と異なります。日本と世界の融和を目指した理想が消え、商業上の利益追求が優先しており、日本人が違和感を覚える柔道そのものの変質が起きています。

もちろん、本人は『柔道のなかで守るべきは嘉納治五郎さんの精神であって、柔道衣やルールではない』(1997年8月号『近代柔道』のP40〜43)と述べています。しかし、伝統はある意味で伝統を守ることで成立しており、合理的ではないからこそ、成立して、美意識や精神性を保ちます。

この点、朴会長が柔道経験者ではなく、柔道を愛していないのは確かです。それも日本の柔道への愛着が低く、『嘉納治五郎さんの精神』を言いながらも、『伝統』で成立する『武道そのまま』を受け入れる意識がない、そこまで歩み寄らず、自分の方へ持ってこようとする態度が見えています。


(前提の相違)

『しかし私は伝統的な柔道と、スポーツ柔道は区別しなければならないと思います。柔道がオリンピック競技として発展する為には、とにかく変化がなければ駄目なんです。他のスポーツも変化があるのになぜ、柔道だけ変化を認めないのか。そのことに対しての日本の反応には納得いきません』
(1997年8月号『近代柔道』のP40〜43)

『柔道は他のスポーツと同じ、スポーツである』『五輪競技として発展する為に変化が必要』と述べていますが、スポーツ柔道が果たして普及に値するのか、その点に関する言及はありません。

柔道の面白さは、スポーツ柔道のみで伝わるのでしょうか? 五輪競技としての成功だけが、柔道の多くであっていいのでしょうか? 柔道を『道』として愛する人、魅了される人は、ここまで普及した『柔道』に自ら歩みより、その価値の中に入ったはずです。

しかし、朴会長からすればそれはおかしい、不合理となるのです。他のスポーツと同じく、変化していく。柔道普及の為のお金を集める最適の手段である五輪に合致した、テレビ受け柔道になってどこがおかしいのか、と。


(行方)

いつか柔道がIOCの眼鏡にかなわなくなった時、つまり五輪から外れる、或いは商業上の利益が減ったとき、朴会長の役目が終わる、彼自身が柔道から離れるときだと思います。

あくまでも朴会長の目的は『IOCからの放映権収入増大』です。お金が無ければ何もできない現実路線であり、『柔道普及』を行うには、柔道そのものが変質しても構わない立場です。

ところが、日本は違います。『柔道を普及させる目的』があり、その手段としてお金が必要になるのです。日本にとってお金は目的遂行の手段ですが、朴会長にとってはお金を得る為に、それが結果として柔道普及になるという現実的認識の元、柔道があります。明言されていませんが、朴会長は柔道よりも、『まず資金ありき』です。

ポイント制、短い時間の試合、無差別級の撤廃、カラー柔道着、様々な変質を行わせながらも、柔道競技が『IOC競技』から消えた途端に、朴会長の存在意義は消えます。彼は徹底した現実主義者で、非常に有能な経営者です。柔道という『会社』が利益を生まなくなれば、それを捨てるのに躊躇しないでしょう。


(経営者と柔道家)

今、柔道を運営する人は柔道の専門家ではなく、『運営のプロフェッショナル』です。会長は去れば、それで終わりです。しかし、産み落とされた『スポーツ柔道』はその後も続きます。それこそ、パリの総会でカラー柔道衣が可決されたとき、はっきりとこの未来は決定付けられていたのかもしれません。

日本を代表する嘉納氏は、カラー柔道衣導入が可決されたパリ総会で、朴会長とこのようなやりとりをしました。

After the vote results came out, at the press conference Mr. Park said, Until now, Japan opposed, but from now on I hope Japan cooperate for Judo's development and then added,the game is over.

In reponse, Mr. Kano commented,Judo must go on forever. It is not over but must continue.


それほど深い意味は無いのかもしれませんが、朴会長は『日本の反対はあったけれども、これからは柔道の発展に集中して欲しい』、そして『the game is over.(この問題は終わった)』と言いました。

これに対して、嘉納氏は『柔道は永遠に続く。これは終わりではなく、続きます(筆者解釈:あくまでも始まりです?)』とコメントしています。朴会長は目的を果たしましたが、日本にとってこの問題はgameではないですし、終わりはないというものでしょう。

宗家として日本は、永遠に柔道と在り続けます。今の競技柔道を日本の柔道と思わず、今までの価値観を大切にして欲しいです。今の柔道は『テレビ放送』を目的として、形を少しずつ変えています。

それに適応する必要はありませんし、そうして普及の為に変わっていく柔道が、果たして普及されるだけの価値があるものかの議論もなされていませんし、そうして変化してしまうものは、ある意味で時間の経過を耐え抜いてきた『伝統的な柔道』とは異なり、何の試練も受けておらず、泡沫のように消える定めかもしれません。


(最後に)

長くなりましたが、朴会長は『味方にすれば強力』『利益を示せば味方になる』、そうした有能な現実主義者だと思います。次回の2001年総会で対立候補もなく信任されるのも、彼のその点を認めている、世界が今必要としているからです。

朴会長の行動は2008年まで、続くと思われます。2004年の夏季五輪では競技連盟の入れ替えが無く、それが示唆されたのは2008年からです。朴会長の、五輪から外れたくないとの試みは、そこで初めて目的を果たせるか否かの結果を得るのです。

それだけの長い間、今の形が続くのです。日本は取り残されるのを恐れず、今の日本のままで、或いは意識的に形を保って欲しいです。競技柔道が柔道から離れるのを認め、それを変えようとするのではなく、自分たちが形を保ち、伝えていく、それでいいのではないでしょうか。

個人的にはIJF内に日本の影響力と柔道の形を残す意味で、承認されるかわかりませんし、まず承認されませんが、『嘉納治五郎師範の柔道を保護する国』として、日本枠をすべての委員会や事務局に確保して欲しいと考えます。既に変質を前提と受け入れ、それを見守る立場として、日本の枠が必要に思えます。

ただ、日本が本気で柔道を守りたいならば、篠原選手が被害を受けた『誤審騒動』の際に示された、政治力及び行動力及び毅然たる態度の欠如を、あらためなければなりません。日本が変わらないままでありながら、IJFに改革を求めるのも無理な話です。

あまりにも行動が遅く、国内向けの発言が多く、IJFに対して如何なる行動をしているのか、まったくわからないようでは、リーダーシップも発揮できません。篠原選手の技が『双方無効とされた結論』を、日本が対外的にも激しく反発しなかったが為に、多分、諸外国は日本の権威失墜を感じ、また僕自身、自分たちの顔に塗られた泥を甘受していると思います。

いつまで被害者ぶっているのでしょう?

日本柔道が技を見極める資格が無いと断じられた意味を理解していないのでしょうか?

そして様々に選手が発言しているのですから、その選手の信頼を守るべき立場はどうするのでしょうか。野村選手、井上選手、山下さん、斉藤さん、二宮さん、小野沢さんなど、基本的に遠藤純男氏を除いてすべての柔道家が、『篠原選手の一本』と述べたのです。その彼らの判断さえも、間違っていると断じられたことに、なぜ怒らないのでしょうか。

自分にはまったく理解できません。

朴会長は功罪あると思いますが、この点、武道の頂点に立つだけの、『リーダーシップと行動力』を持ち合わせており、ただ柔道を愛していない点だけが悔やまれます。朴会長のような能力を持ち、それが発揮できる環境を与えない限り、日本柔道が国際柔道の中で威信を保ち、柔道の正しい形を伝えていくのは困難です。

朴会長のような有能な『政治家』が、どうして日本にはいないのでしょうか。


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