制度:審判委員


SINCE 2001/01/23

(審判委員制度? 審査員制度?)

審判によるミスを軽減する制度的な補助機構として、審判委員制度があります。厳密に言えば『審判委員制度』とは『IJF審判委員会』のメンバーが試合を監督すると規定されておりますが、審判委員会所属の委員はわずか6名です。世界選手権は一日四試合場で行われるので、審判委員のみでの監督は不可能ですし、IJF審判規定の下で行われるすべての試合を、6人の構成員で管理できるはずがありません。

IJF運営の試合でこの制度が広く適用される場合は、日本語で『審査員制度』との言葉が当てられており、これら『試合場にいる審判員(主審・副審)以外の、試合場にいる審判を補助する人』が、『JURY』と呼ばれる、と規定してから考察を始めます。2001年1月の『嘉納杯国際大会』では、この『JURY』制度が導入されましたが、これは日本の運営側『審判関係の係』から選出されているはずです。

(審判委員)

主審、副審ふたり以外に、彼らの監督者である『審判委員』がひとり、もしくはふたり、審判に対して誤りを正したり、規定外の事態に対処する役割(IJF審判規定第30条『規定に定められていない事態』に、「本規定に定められていない事態が生じた場合は、審判委員会と協議の後、主審によって与えられた決定により処理される』)を持っています。

審判委員はIJF審判規定第15条『試合の開始』に、『試合を止める権利を持つ』、そして第17条『待ての適用』項目Jでは、『主審と副審、または審判委員が打ち合わせをしようとする時』、試合を止められることが記述されています。
→『柔道のルールと審判法』(大修館書店)

審判委員に関する規定は曖昧かつ具体的な役割が明記されていないぶん、不測の事態に対処できるようになっていますが、逆を言えば、何もしなくてもいい事にもなっています。これについて『審判委員会規則』という、IJF審判規定には定められていないものの、競技実施に当たる際、どのように行うのかの指針が示されていますが、その前に、この制度の簡単な歴史をご紹介します。

(『審査員制度』の歴史)

後日、UPDATEします。

パリ世界選手権で何があったのか

1997年パリ世界選手権のあと、この役職が見直されました。これは『60kg級の試合で起きた明確な誤審』を教訓として、審判の犯したミスを軽減しようとの意識の高まりであるかに見えました。

まず、事実関係を映像で見た限りの範囲で、ご紹介します。

1.カン選手が技ありを奪う。
2.そのポイントがレワジシビリ選手に入る。(映像では確認できず)
3.北朝鮮のコーチが猛烈に抗議、試合の合間に審判に手を出す。
4.コーチが遠ざけられたと同時に、カン選手が事態に気づき、抗議の為に座り込む。
5.山下泰裕氏も顔を出す。
6.審判がカン選手に何度も呼びかける。
7.審判、激怒してか、非常に素早い動作で「反則負け!」と言う。

(IJF審判規定第27条に定められた『反則負けを与える前に主審は副審と合議し、三者多数決の原則に従って決定を下さなければならない』を無視して、主審は審判団での協議を無しに、感情のままに、叩きつけるような動作で『反則負け』を宣告したのが印象的です。外面的にはプライドをずたずたに傷つけられ、精神上のバランスを失っていたように見えます。最終的に主審・副審の合議は『反則負けを宣告した後』に行われ、それでもレワジシビリ選手の勝ちに変化はありませんでした)

この結果についてIJFサイドのプレスリリースでは、From now on, the key of Judo development is the matter of refereeと書いています。山下監督がコメントを求められていたのも、あの場にいたからでしょう。

審判員は罰せられましたが、ジム・コジマ理事の話では、この審判員は「ベテラン」であると述べており、極めて同情的な視点で以下のようなコメントを残しています。そこには審判を守る立場があり、その判定で傷つけられた選手への配慮は一切、無いのです。

『あの時のレフェリーはベテランの人。オリンピックも経験しているベテランだった。実はあの大会で引退すると言っていた。これで終わり、と気が緩んだのかもしれない。それまでは安定した審判だったんです』
(『近代柔道』1998年3月号P18)

また、ジム・コジマ審判理事はパリ世界大会終了後に、6人の審判を採点の結果、資格停止にしたと述べています。また審査員制度そのものが今までにあったのかどうかについても以下のようにコメントしています。

『(前略)ミスの問題ですが、明らかに勝っているのに負けにされようかというケースには審判委員が審判を呼んでジャッジの内容を聞き、自分の意見を言うことができるんです。朝鮮民主主義人民共和国のカン選手の場合も審判委員は三人の審判を呼んで意見を聞くことは出来た。委員は自分の意見を主張しますが、最終的には三人の審判団の意見を尊重します。決定は審判団の権限です。

―これまでにそういうケースはあったんですか?

コジマ バルセロナ五輪の時、「有効」ポイントを反対の選手にあげ、審判委員が三人を呼んで訂正させたことがあります。こういうのは明らかな間違いのときに限ります。返し技、捨て身技の微妙なものにまでいちいちチェックを入れていたら、審判は試合をコントロールできなくなります。カン選手の場合も一人の審判は問題提起をしましたが、三人のディスカッションの結果、主審の判定通りになりました。
 この問題で考えなくてはならないのは、三人の審判がライセンスを持っている審判だということ。プライドもある。そういう点を無視してはいけない。

―プライドを尊重しつつ、明らかなミスに対してはルールにのっとって対処する――こういうわけですね。

コジマ イエス! その通りです』
(『近代柔道』1998年3月号P19)

長々とした引用でしたが、ジム・コジマ理事発言は「審判のプライド」が強調されており、あまり問題に対しての選手サイドの権利擁護の意識が見えません。

この問題を踏まえて、IJFはどのような解決策を打ち出したでしょうか? 基本的にIJFの各委員会は大会の後で、今後に繋がるように建設的会合を開いています。1997年11月3〜5日のソウルでの審判委員会会合ではこの問題が話し合われ、"1.General remarks about the 1997World Championships"に、『勧告』記事があります。この事件が起きた後でさえ、『勧告』に過ぎなかったのです。(これ以前に、こうした『審査員制度の権能』が記されている文章をご存知の方は、教えていただけますでしょうか?)

Recommendations :
In exceptional circumstances where it is clear that the majority of the three referees have awarded the score to the wrong judoka, the IJF Referee Commission member will call the referees, ask their opinion, and the IJF Commission member will strongly give her/his opinion. It will still be the decision of the three referees on the contest area. In this case the IJF Referee Commission member must give a written report to be reviewed and for future references.

勧告:
三人の審判のうち多数が、間違った柔道家にポイントを与えたのがはっきりしている例外的な状況では、IJF審判委員会委員は審判団を呼びよせ、彼らの意見を聞いたうえで、IJF審判委員会は強く自らの意見を与えられる。しかし、最終的な結論は競技場にいる3人の審判が決定する。この場合、IJF審判委員会委員は必ず、見直しと将来的な参考の為に、成文の報告書を提示しなければならない。


1998年段階で『勧告』である点を考慮すると、それまでにルール上の明確な『審査員制度』に関する規定は表立って無かったようで、東京五輪から始まったこの制度は有名無実化していた、審判理事が知っていても、試合に関わる当事者・コーチたちが知っていたとは考えにくいと思えます。

(適用される『誤審』とは?)

現状で、審査員制度は制度として存在するものの、ひとつずつ『該当する事例』の度に、具体的な制度の中身が固まっていく方向のようです。つまり、『勧告』で出された『間違った柔道家にポイントを与えたのがはっきりしている例外的な状況』とは、カン選手の受けた被害に該当する事例があって初めて形を持ったのではないでしょうか。バルセロナ五輪の時に誤った柔道家にポイントが入った際、審査員制度は機能していたとのことですが、ならばなぜ1998年段階で『勧告』としなければならなかったのか、理解できません。

話は戻りますが、別の『予想しなかった状況』が生じたとしても、その判定が生じた時点で審査員が動くか否かはその『審査員の裁量』に委ねられ、何もしなかった場合、後日にそれが問題行為であると断じられて初めて、『この局面では審査員は……と勧告して、審判に再審を促す』と事例となり、その後の誤審軽減に『判例』を増やす形ではないでしょうか。

CASE1 シドニー五輪、篠原選手の場合

上で引用したように、ジム・コジマ理事は『返し技や捨て身技などで同時に落ちたケースは含まれない』と、述べています。つまり、篠原選手への判断は、「明瞭ではない」と審査員が判断すれば、介入の余地が無いのです。

同じくジム・コジマ理事は2000年『近代柔道』11月号にて、「審判委員が介入するようなクリアな状況ではなかった」「技の有効度に対する判定は審判個人に委ねられている」と、今回の状況を述べています。審判が判断を誤ったかどうかを判断するのもまた、同じ人間である「審判委員」という点がどのように改められるか、気になりますが、残念ながら、シドニー五輪後のIJF会合ではまったくの同文が確認されるに留まりました。

今回、審判委員のひとりを務めた川口孝夫審判委員がどうして試合に介入できなかったのか、矢部里は委員の言葉から推測しました。以下の記事がすべての根拠となりますので、まずはそれを引用させていただきます。

IJFは「両者ともポイントを与えられるべきではなかった」との結論を出し誤審を事実上認めたが、勝敗は変えず審判員に処分も科さなかった。IJFのジム・コジマ審判理事(カナダ)は「個人的には誤審だと思うが、IJFは民主的に結論を導いた」と話す。  IJFの管轄する国際試合では、1つの試合場に審判委員2人がついて監視役を務め、明らかな誤審があった場合などには、試合を止めて審判員に協議を促す。しかし、篠原戦では主審の有効のコールがあいまいだったことなどもあり、審判委員としてこの試合を担当していた川口孝夫アジア柔道連盟審判理事は、何の行動も取らなかった。「篠原の一本だと思ったが有効になっておかしいと思った。まさか、それがドイエのポイントだったとは終盤まで気が付かなかった」と振り返る。(時事通信社2000年12月13日配信記事)

まず、審査員制度の共通事項として、審判の「判定の大小」には口を出しません。『三人の審判のうち多数が、間違った柔道家にポイントを与えたのがはっきりしている例外的な状況』とありますので、あくまでもカン選手の事例のように、『A選手の技によって発生したはずのポイントがB選手のポイントにされている』場合にのみ、適用されると考えてよろしいでしょう。

この前提でいけば、川口氏は「篠原選手の一本じゃないのか……どうして(篠原選手の)有効なんだ?」と疑問を抱けたとしても、それはあくまでも「判定の大小」です。川口氏がそう思っていたが為に、審判委員介入の事例ではないと判断されたはずです。

川口委員は「ドゥイエ選手に有効が与えられていた」と試合の終盤まで気づきません。客観的に見れば、この段階で「介入」の余地はありました。今までは「判定の大小」でしたが、それは「篠原選手の技」の前提に基づいていたからです。しかし、実際は「ドゥイエ選手の有効」だったわけで、これは審判委員である川口氏の「篠原選手のポイント」との認識とまったく逆の事態であり、『間違った柔道家にポイントを与えた例外的な状況』に該当したからです。

真相はわかりませんが、事実として、川口委員は何もしませんでした。『終盤』である以上、気づいた段階でも試合は続いています。川口委員は介入する権利、もしくは義務を持っていましたが、何もしなかったのです。

このように、『川口委員にはどうみても篠原選手のポイント』だったのですが、主審がどちらのポイントか明瞭に示さなかった(アトランタ五輪で、審判が開始線を指差す映像がありましたので、審判の間で『不明瞭なときは開始線を指差す』第八条補足IJF審判規定は認識されていたはずでした)ことにより、川口氏の頭の中では『試合終盤まで』、あの問題は『篠原選手の一本が、篠原選手の有効』にされたのに過ぎなかったのです。

『明瞭であった場合』も、介入できなかった点で、この制度は疑問符をつけられてしかるべきです。この点で「誰がで何をどのように判断するか」に左右されており、非常に主観的な「補助制度」である以上、「私は明瞭でない状況とは判断しなかった」との一言で、審査員が何もしないで済む制度であるといえます。

この問題に関して、IJF審判規定の改正による問題解決の道筋は、一応、立てられています。それは『問題が起きた次から、その事例に対して有効に機能する制度を整える』との審査員制度の『適用事例の明文化』のように、悠長な物ではありますが……

2000年10月末チュニジアでの審判委員会報告書の7. Review video tape of some the contests during the Olympic Gamesの項に若干の反映があります。

・第八条附則

a. It maybe necessary in some difficult situations where, which competitor should receive the score, the referee should point to the competitors corresponding tape (blue or white). January 1st, 2001

『どちらの競技者がスコアを受け取るべきなのかを判定するのが難しい場合は、主審は青または白のテープを指差すべきである』

(2001年以前の表現)
When it is not clearly apparent, the referee may after the official signal, point to the blue or white tape (starting position) to indicate which contestant scored or was penalised.

『不明瞭と思われる場合は、主審は公式の後、技の効果を得た試合者または罰則を与えられた試合者を示す為に、青または白のテープ(開始時の位置)を指差す』

→Shouldがあるかないかの、差ではないでしょうか? 誰が不明瞭と思うのか、その解釈が甚だしく疑問です。モナハン主審が『副審の出した一本』を『ドゥイエ選手の一本』と判断していた可能性もあります。そうなるとこれは『どちらのポイントか不明瞭』ではなく、『判定の大小:一本と有効』にしか、過ぎないからです。


・新規追加1

b. For example, in a situation where one Judge gives an IPPON for one contestant (blue) and the Referee and other Judge give YUKO to the other contestant (white)), the 3 referee should meet to discuss the awarding of the score. January 1st, 2001
『例えば、一方の副審が青の試合者による「一本」を、主審と他方の副審が白の試合者による「有効」を評価した場合、三名の審判は試合場に集まり、ポイントがどちらに与えられるかを議論する為に、協議すべきである』

→『例えば』である以上、解釈を敷衍するのは難しい。『例えば、一方の副審が青の試合者による「技あり」を、主審と他方の副審が白の試合者による「効果」を評価した場合』はどうなるのか。共通化すべきは『二段階以上の判定差があり、尚且つどちらに与えるかで、それが分かれている場合』であると思われるが、そうした『共通化』を行わず、篠原選手の試合に該当する事例だけを抽出して、それをルール化するのは疑問です。

尚且つ、現行ルールで副審が判定に異議を出せるのは、『主審の判定と異なる場合』ですが、その『異なる』の条件が『同一競技者のポイントの大小』ではないでしょうか。つまり『主審は白と思って「有効」を与え、それに副審は青と思って「一本」を与えます』が、今の形では判定を出した瞬間に、どちらのポイントか、副審は示せないのではないでしょうか。主審は副審の判定を白と判断すれば、どちらに与えるかも示そうとしません。そうなると副審は、『掲示板を見て、主審がどちらのポイントにしたか』を判断した上で、それに対して異議を唱える形となります。実質的に『b.の条項』は即座に機能せず、あくまでも『副審が自分の判定と主審の判定との相違に気がついた時点』、もしくは『主審が副審の判定が自分と違う競技者に与えられたと気づいた時点』に限られるのです。


・新規追加2

c. In future IJF Events, the IJF Referee Commission will all congregate in the area where the finals are being held to observe the contest. January 1st, 2001

審判委員は全員、IJF主催大会の決勝戦に隣席、観戦する。


CASE2 嘉納杯国際、ミハイリン選手の場合

ミハイリン選手が棟田選手、下出選手の試合で「一本」に見える技をそれぞれ出しましたが、どちらも「技あり」になりました。テレビの映像・試合での光景を見る限り、自分の考えでは、あれは「一本」です。しかし、審査員制度は機能しませんでした。

なぜならば、「判定の大小」だからです。技をかけたのは誰か、それはミハイリン選手とはっきりしています。審査員制度は何度も述べていますが、誤審軽減の役割を与えられているものの、『間違った柔道家にポイントを与えた例外的な状況』でなければ、たとえ怪しげな判定でも、機能しないのです。

ジュリー制度導入

東京・日本武道館で14日行われた男子柔道の嘉納杯国際大会で、全日本柔道連盟(全柔連)が試合のビデオ撮影を本格的に行った。
 ビデオ撮影はシドニー五輪男子100キロ超級決勝の篠原信一(旭化成)−ダビド・ドイエ(フランス)戦の誤審問題を受け、全柔連が昨年12月の福岡国際女子選手権で初めて試験的に導入。前回はカメラ1台だったが、2回目の今回は2台を用い1試合場を2方向から追う本格的なものとなった。
 また、国内大会で初めて審査員(ジュリー)を設置した。1試合場につき2人の審査員が、3人の審判員に誤審がないかチェック。結果的に誤審はなかった。
(時事通信社 2001年 1月14日 15:04配信記事)


『結果的に誤審は無かった』との書き方がなかなか意味深であると思えますが、審査員制度が介入できる『誤審』が無かったのは事実であると判断できます。

(結論:審査員制度が機能する事態)

1.間違った相手にポイントが入った場合
2.審判団では対応しきれない事態が生じた場合(事態の内容は不明)

何度も別の記事で述べていますが、たとえ再審を促したとしても、試合場の審判団の決定が最優先されます。再審の結果、同じ判定が下されても、それを止める権利は規定されていませんし、審査員の権能に含まれていません。

ところが、審判団が「審査員に再考を促された」同じ判定を下す可能性は非常に高いのです。なぜならば彼ら審判団は間違おうとして間違っているのではなく、彼らの目には「技術的:見極められない」「物理的:そう見えなかった」為に、そうした判断を下しており、別の角度からの映像を見ない限り、判定を再考しようにも、同じ情報を土台にするのですから、同じ結論しか出ないのです。この点の改善策が見当たらず、正直、審査員制度は機能しがたいと考えます。

(最後に)

誤審がなくならない理由、それは簡単です。

誤審が起こる原因を制度的に改善していないからです。

ですから、『全柔連に望むこと』で書いたような方策を幾つか行うか、いつ完成するかもわからない「審判の質的向上」が果たされない限り、永遠に誤審は起き続けます。その点を心にとめておくことが重要であり、どこが直されていくのか、あるいはそのままなのかを観察する目を備えておけば、誤審に対する問題意識も、正確なものとなりえるはずです。


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