第四章:山小屋に泊る
第四章
 のんびり30分以上も休憩していると、突然雨粒が当たった。
当たり始めると、あっという間に雨になった。

「雨?雨だよー、降ってきちゃったー!」

大急ぎで、彩夏にカッパを着せる。傘を開いて彩夏に渡す。ザックにもカバーをかける。
せっかく乾いた雨具がすぐに濡れ始めた。
同時に、気温が一気に下がり始める。

「彩夏、寒くない?大丈夫?」
「だいじょう〜ぶ。」と、笑顔で答える声にホッとする。

「山小屋は、あと30分もかからない所にあるからね、さぁ頑張って歩こう。」と声をかけ、見晴し方面へ向った。
ちょっと油断して休憩時間を取りすぎたことを反省し、せめて雨脚が強くならないようにと願った。

しかし、無情にも雨は勢いを増して降り続く。
せめてカミナリさまだけは勘弁…と願う。

「今日は忙しいお天気だね。雨が降ったり、カミナリが鳴ったり、晴れたと思ったら、また雨だ…。」と、クーちゃんママが言う。

「ホントに…、梅雨時だから雨には降られるかもしれないと思っていたけど、こんなにコロコロ変わるなんて…。山の天気だよね、やっぱり尾瀬は…。」

 今日は、私以外の三人にとっては記念すべき尾瀬デビューという日である。
小さな彩夏と、歩けるかな〜と心配していたクーちゃんママにとっては、少し過酷な日になってしまった。
こんなことなら竜宮小屋にしておけばよかったかな…、二人ともバテてしまって明日歩けなかったらどうしよう…、不安な気持ちがどんどん膨らんでくる。

 見晴しの山小屋銀座が見えてきたときはホッとした。
16時過ぎに尾瀬小屋に到着すると、先客の若者グループが玄関前で雨具を脱いでいた。
私たちも同じように雨具を脱ぐ。

ザックカバーの水分をタオルで拭き取りながら、受付に到着したことを知らせると、
「中に乾燥室がありますから、濡れたものはそこに入れてください。準備が出来たら部屋に案内します。」と、返事が返って来た。

 心配していた彩夏は、クーちゃんママの傘を手にして何が楽しいのかクスクス笑っている。

「彩夏、どうしたの?何がおかしいの?」
「クーちゃんママ、オコゼホネって言ったんだよねー。」と、言いながらまた笑う。

箸が転がっても可笑しい年頃という表現があるが、彩夏の様子はまさしくそれだった。
今からこんなだと、年頃の娘になったらどうなるのだろう?
クーちゃんママは山小屋に到着してホッとしたのか、明るい声で先客の若者と話していた。

 受け付けを済ませると、若いスタッフが二階の部屋に案内してくれた。
玄関のすぐ上の六畳の部屋だった。

窓を開けると、左斜め向かいに桧枝岐小屋が見えた。
右斜め向かいは、弥四郎小屋の喫茶店だ。
首をそのままもう少し右に向けると、尾瀬ヶ原に続く木道が見える。

虫が入ってくるので、そう長い間窓を開けていられない。
窓を閉め、持ってきた携帯用の虫除けを壁に吊るす。

 この携帯用の虫除け、一昨年の至仏山でブヨの大群に襲われて以来使用しているものだが、ほとんど臭いがないので夏の山小屋泊り用としても重宝している。
それを、今回も持ってきた。
彩夏に、「虫に刺されるから、尾瀬は嫌〜い。」と言われないために…。

これに加えて、ユーカリ油を使ってあるという「虫除けシール」をTシャツの襟や袖口に貼っている。
私以外の三人のかかとには靴擦れ予防のシールも貼ってるし、私たちは尾瀬を楽しむために万全の対策を施していた。

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