22、23日の天気予報は良くなかった。寒気が入って山沿いではカミナリも鳴るという。
小雨程度ならいいが、雷雨は勘弁してほしい。
一度、大江湿原で雷雨に遭ったことがあるが、いきなりの土砂降りの雨と、鳴り響くカミナリに身がすくむ思いをした。はっきり言ってカミナリは苦手だ。

 群馬県に入ると、天気予報は当たっているよ〜とでもいうように、雨が降ったり止んだりの不安定な天候だった。
「尾瀬は山だから、行ってみなくちゃわからないんだ。」と、打ち消すように言ってみたが、空々しいのは私が一番よく知っていた。

途中のコンビニで買物を済ませ、並木駐車場に着いたのは午前3時少し過ぎだった。
駐車場には既に5〜6台の車が止まっている。
準備に時間がかかると思い、可哀想な気もしたが熟睡している彩夏を起こした。
眠くてたまらない彩夏は案の定、「お家に帰る〜〜〜。」と不機嫌な声で答えた。

他所の子供を預かっていて、「お家に帰る〜」とか「ママのところに帰る〜」とか言われると、それまで子供と一緒に楽しく遊んでいた私は、がっかりすると同時にどうしていいのか困ってしまう。
今日はパパが一緒で良かったな…と、ホッとした。

「今着いたばかりなんだから帰れないよ〜。彩夏、起きなさい!着いたよ!!バスに乗って尾瀬に行くんでしょ!!!」と、睡眠不足のパパが少しヒステリックな声で彩夏を起こす。
「バスに乗って…」という言葉が乗り物好きの彩夏の耳に届いたのか、彩夏はいっぺんに目が覚めたような顔で飛び起きた。

 トイレを済ませ、身支度を整える。
時々、急に雨が降り出すので、ザックカバーを被せ、カッパを着た。
嫌がる彩夏にもカッパを着せ、足元を私のスパッツで覆った。

鳩待峠行きの連絡バスは、3時50分に8名のハイカーを乗せて並木駐車場を出発した。
運転手のおじさんが時々ワイパーを動かす。
30分弱のドライブの間、彩夏は興味津々といった顔で、まだ暗い窓の外を見ている。
すっかり目が覚めた様子だ。

鳩待峠に着いたら雨も上がり、至仏山の稜線が見えていた。空もだいぶ明るい。
「良かったー、晴れそうだね。でも、念のために傘はすぐに出せるようにしておこうか。」
『尾瀬』の看板の前で記念写真を撮りながら、4人とも意気揚揚としていた。

 登山道に入ると、すぐにピンクのハクサンチドリが私たちを出迎えてくれた。
「あらー、かわいいね〜。」と、クーちゃんママ。
マイヅルソウにササユリ、雨に濡れた植物たちはどれも生き生きとして美しかった。

濡れた木道を、滑らないように気をつけてゆっくり下る。
時々、急に雨が降り出すので、傘が手放せない。
普段おしゃべりな彩夏が口数が少ないので見てみると、真剣な表情で歩いていた。

「彩夏、摺り足で歩くと滑っちゃうよ。」と声をかけると、今度はそろ〜りそろ〜りと一歩ずつゆっくり足を運ぶ。
「それじゃぁ、抜き足、差し足、忍び足じゃない〜。」と言うと、言葉の語呂合わせがおもしろいのか、やっと声を出して笑った。

クーちゃんママは一番後ろをゆっくり歩いていて、「あー、空気がおいしいねー。これだけでも来た甲斐があったというもの…。」と、嬉しいことを言ってくれる。
弟は少し前を歩き、時々振り返っては後ろから歩いてくる私たちをビデオに撮っていた。

 約1時間で山の鼻VCの前に着いた時、急に雨脚が強くなり稲光がした。

「うわー、ホントに雷だー!」

運の悪さを呪いながら、至仏山荘の向いにある無料休憩所の中へ大急ぎで向うと、中は既に多くのハイカーで一杯だった。

空いているスペースを見つけ、彩夏を椅子に座らせる。
弟のザックの中から彩夏の上着を取り出し、「寒い、寒い」と言う彩夏に着せる。
じっとしていると寒い。どんどん気温が下がっているようだ。
そういえば、寒気が入るといってたっけ…。

冷たくなった彩夏の手を擦りながら、「ホカロン持って来れば良かったねー。」と話していると、近くにいた中年女性が「このホカロンあげるから、お使いなさい。冬の残りが一つ入っていて良かったわ。」と渡してくれた。

なんて、親切な人なんだろう!
何度もお礼をいい、頂いたホカロンを彩夏のシャツに貼る。
温かくなって安心したのか、彩夏はクーちゃんママに抱っこされて、何時の間にか眠ってしまった。

           尾瀬日記INDEXへ戻る        次のページへ


第三章
第三章:カミナリが鳴ったり、晴れたり、曇ったり…