第二章:出発の日がやってきた
出発前日の夜、弟の家に行くと、玄関に真新しいトレッキングシューズが三つ並んでいた。
「彩夏とクーちゃんママは、今日トレッキングシューズを買ってきたみたいなんだけど、僕は忙しくて買いに行けなかったんだ。普段履いている運動靴でいいよね?ちょっと底が磨り減ってるけど…。」と、弟が電話で言っていたのはつい数時間前のことだ。
「天気予報だと雨降るみたいだよ〜、木道は濡れると滑るから磨り減った靴じゃダメって言っておいたでしょう?転んで骨折したって誰も運べないからね…。ヘリ呼んだら100万円だよ〜。」と、意地悪い声で釘をさした効果があったのか、男ものの靴も並んでいた。
彩夏は普段スカート派だが、今日は真新しい登山用のズボンをはいていた。
髪の毛を三つ編みに結ってもらい、それをピンクのゴムで結び、白い帽子を被っている。
キティちゃんの赤いリュックを背負って、何度も玄関へ行き、新しい靴を履いては、「彩夏ー!まだ早いからこっちに居なさい!」と、パパに怒られていた。
彩夏だけじゃなくて、彩夏のパパも、クーちゃんママも、尾瀬へ行くのは初めてだ。
心なしか、みんな浮き足立っている。
そんな雰囲気に、自分だけ取り残されてはたまらない!とでもいうように、コウちゃんもパパのトレッキングシューズに自分のちいさな足を入れて、玄関から離れようとしない。
マイカー規制日の今日は、並木駐車場から3:50に鳩待峠行きの一番バスが出る。
それに乗ることに決めて、12時少し過ぎに4人で車に乗り込んだ。
幼稚園から帰ってすぐに、リュックを背負ったままお昼寝をしたという彩夏は絶好調だ。
「お母さ〜ん、おみやげ買ってくるからねー、行ってきま〜す。」と、しつこいくらいに何度も叫んでいる。
そんな彩夏とは正反対に、「歩けるかな…、大丈夫かな…。」と、少し不安そうなクーちゃんママ。
運転手の弟は、「このところ仕事が忙しくて睡眠不足だ〜。」と、危ないことを言う。
「眠くなったら途中で運転交替するよ。慣れた道だし…。」と、ナビ役の私は助手席で尾瀬通ぶりを披露した。
一緒に行きたがって泣き叫ぶコウちゃんと、コウちゃんを抱っこした義妹に見送られて、いよいよ尾瀬に向けて出発した。