誰かが動物を見つけるたびにバスが停まって、それを暫く眺める、というのを繰り返しながら、バスは公園の奥の方へ進んでいった。
気性の荒いムース(ヘラジカ)と大人しいカリブー(トナカイ)が紅葉したアルパインツンドラの中にいたし、川のそばをゆっくり歩いているグリズリーの親子もいた。白い小さなドールシープ(羊)は、急峻な山肌で群れをなしていた。だけど、どれも遠くて、とても小さくて、双眼鏡で見るのがやっとだった。サファリパークじゃないんだから、たくさんの動物を近くで見られるとは思っていなかったが、ちょっとがっかりしたのは事実だ。
後でホテルの売店で買ったビデオを見たら、私が見た動物の他にもレッドフォックスやナキウサギ、ホッキョクジリスなどが人間の前に出てきている。夏の方が食べ物が豊富だから動物の活動は活発なのかもしれない。もしかしたら、もう暖かい地域に移動してしまった動物もいるかもしれない。
出発して3時間が経った頃だろうか、もうそろそろ折り返し地点というところで、少しだけ雲が切れてきた。ずっと前方に白い雪で覆われた山肌が見え隠れし、太陽が当たっているところが光り輝いている。雲の中に隠れていて全体の山容がはっきりしないが、大きな山だということは裾野の広さでわかる。あれが、マウント・マッキンリーか…。植村直己さんが眠っているという北米最高峰の山。…大きい!まさしく「偉大なるもの・デナリ」だ。
このマッキンリーが姿を現す日は多くはないそうである。大半は曇天で、山が見えるはずの方向に真っ白な雲があるだけというのだから、私たちはそこそこ運がいいということになる。キャサリンのバスは、ワイルドライフツアーの折り返し地点であるストーニー・ヒルで停まった。シャトルバスだと、この先にあるワンダーレイクという景勝地まで行くのだが、今年の運行はすでに数日前に終了していた。その少し手前にワンダーレイク・キャンプ場というのがあり、夕日で真っ赤に染まったマッキンリーを見るには最高のキャンプ場だそうだ。夏は蚊に悩まされるらしいが、一度でいいからそこでキャンプしてみたいと思った。
キャサリンがバスの後ろにある給湯器からお湯を注ぐというので、紙コップにインスタントココアを入れてバスを降りた。でも、その順番を待っている間が恐ろしく寒くてたまらない。マッキンリーおろしの、そんな言葉があるかどうかわからないが、氷のような風があっという間に私たちの体温を奪っていく。おまけに、土をまきあげるから埃っぽい。どうして、バスの中にポットを置かないのよ〜?と恨めしく思った。これがぽかぽか陽気だったら、大自然を眺めながらの昼食タイムは最高なんだろうけど、今日はみんなバスの中でランチボックスを開けるしかなかった。
食後、風に負けないよう両足で踏ん張って、マッキンリーに向かってカメラを構えてみた。体ごとブレるのがわかるが、三脚はホテルに置いてきたから仕方がない。そんな私を見ていたらしい、ミヤコ蝶々に似たアメリカ人のおばさんが、「シャッターを押してくれない?」と言いながら、コンパクトカメラを私に差し出した。
あ〜あ、一眼レフを持っているからって上手に写せるとは限らないのに…。とりあえず、「スマ〜イル!」と声をかけてシャッターを押した。彼女はバスに戻ってから、「日本人に写してもらったのよ。」と、嬉しそうに他の乗客に話していたが、ちゃんと写っていただろうか…。もし、ピンボケだったりしたら日本のカメラの売れ行きが悪くなるのかな?まさか、でも…。あ〜国際交流は難しい。
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