全日本選手権大会
第十試合


赤:野瀬 英豪選手

(了徳寺学園←埼玉大学:初出場:関東地区代表:177cm・81kg)

白:上水研一郎選手

(総合警備保障←東海大学:2回目:東京地区代表:183cm・125kg)

さて、2戦目となる上水選手と、最軽量になる81kg級での出場となる野瀬英豪選手です。何気なく、野瀬選手は無差別を志している瀧本誠選手と同じ道を歩んでいます。といいましても、重なるのはこの全日本と、今年1月の嘉納杯なのですが……

野瀬選手は講道館杯、嘉納杯と出場しており、それぞれ3位、1回戦敗退となっています。ただ嘉納杯の方は、予選リーグで90kg級の世界選手権代表となった飛塚雅俊選手に反則勝ちしていますし、関東予選では旭化成の100kg級窪田茂選手に判定勝ちし、決勝では敗れたものの2位になっています。尚且つ、4月の選抜では瀧本選手と対戦し、ここでも勝ち上がっており、今、最も勢いがある柔道選手のひとりです。

パンフレットにあったコメントも、母の誕生日について、自らの所属する了徳時学園の了徳寺氏に対する感謝の念など、篤実な性格を思わせるものでした。礼も非常に美しく綺麗なもので、驚きます。

さて、長い前置きでしたが試合です。

軽量の選手としては簡単に組むわけにはいかず、野瀬選手は探るように、何度か組に行きますが、まだ警戒感が強く、なかなか組みません。一方、上水選手はやはり軽量と戦う重量選手らしく、あまり焦らず、相手が近寄ってきたら組み、無理に組もうとはせず、それでも前に出て圧力をかける、形で試合が進みます。

野瀬選手は右の組み手です。ようやく相手の襟や引き手を持ちますが、それは相手からも持たれることを意味します。当然、上水選手は積極果敢に組み手を優位に運ぼうと、がしっと強く奥襟を持ちます。野瀬選手は組み負けていき、頭が下がっていきます。

野瀬選手は両手でこれを外しに行きますが、形として片襟になり、上水選手もこの組み手には固執しなかったようです。外した後も、野瀬選手は引き手を持ったままです。上水選手が襟を取りに再び来たとき、今度は身体を沈めて足を取りますが、上水選手は後ろに下がって踏ん張り、これは効きません。

上水選手の釣り手を両手で……

野瀬選手の防ぎ方

野瀬選手は上水選手の釣り手を、徹底的に警戒する方法を選んだようです。上水選手が手を伸ばすと体を沈め、頭で防ぐような形にしますし、また自身が釣り手を持っていますが、これも臨機応変に組替えて、引き手を切り、完全に自身の右手で上水選手の釣り手の袖の部分を巧く持ち、殺します。

それでも上水選手は前に出続けます。今度は上水選手の方から引き手を取り、次第に釣り手が持てるように接近戦で、持ち合ったままでの組み手の激しい攻防が行われますが、ここで『待て』が入り、両者に『教育的指導』が与えられます。
野瀬選手はステップを踏み、なるべくいい組み手をさせないように動きますが、ここで上水選手がぱっと手を伸ばして、奥襟を持つのに成功しますが、野瀬選手はそれとほぼ同時に、頭を動かして防ぎに行き、この結果として上水選手は再び片襟となります。本来、相手の腕の下をくぐり抜けるのは罰則ですが、持った瞬間、或いは持つ直前の動作なので、審判は何も言いません。

上水選手がその姿勢から大外刈りを放とうとしますが、同時に野瀬選手は回り込んで刈られるのを防ぎ、また即座に上水選手の足を取ります。そして上水選手が足を後ろへ下げた途端に、今度は引き手を、そして釣り手を切り、ぱっと距離を取ります。

非常に、重量級との戦い方になれている感じがします、無駄の無い動きです。それぞれの流れに理由があるような、柔道です。

まるでジャブを打ち合うように、両者、浅いところで組んでは切りますが、野瀬選手が組んだ瞬間、小内刈りを見せ、足を持って行こうとしますが、上水選手が機敏にこれを防ぎ、巧く裁きます。野瀬選手は畳へ前に倒れ、『待て』が入り、野瀬選手に『組み合わない』と指導が与えられます。

小内刈りを防ぐ上水選手

ここで上水選手は戦法を切り替えます。左釣り手を警戒する野瀬選手に対して、今度は左で引き手を持ち、右手で釣り手を取りに行くのです。野瀬選手は左の釣り手が動くと同時に、自身の左引き手でこれを潰しますが、上水選手の本命は、注意が逸れた左の釣り手だったようです。ところがこれも野瀬選手は先ほどと同様に頭を取られる直前に動かし、再び片襟にしてしまいます。

上水選手は野瀬選手の左腕を狙った関節技のような動きを見せますが、野瀬選手は体を巧く捻り、内股のような形で上水選手をぐらつかせますが、決定打とならず、ここで野瀬選手が組み手を切り、再び攻防が始まります。

腕を取りに行く上水選手

投げ返す野瀬選手

上水選手が踏み込んで左釣り手を持とうとするたびに、野瀬選手は身体を巧く前に動かして、踏み込みを防ぎます。また頭が下がるので持ちやすく見えるのですが、持つと同時に片襟にしてしまい、上水選手は自分の流れがなかなか掴めません。

この片襟で頭が下がった状態からも野瀬選手は大内刈りを仕掛けますが、これは上水選手が外して、初めての寝技の攻防へ移行します。相手に組ませないと、自分も組めないので、どうしても技が浅くなるようです。

ただ、上水選手のリズムを殺していますので、先ほどからまったく上水選手は技が出せません。しかし、次第に上水選手も調子を上げてきており、片襟にされている状態からもタイミングよく足を取りにいっての掬い投げを試みますが、野瀬選手は巻き込んでの内股のような動きを見せ、防ぎます。

足を取りに行く上水選手

時間が経つほど、重量級の選手は優位になっていきます。上水選手は再度、組に行きますが、これも片襟となります。しかしここで、重量級と軽量級の試合である光景、上からの圧力で軽量級が組み手で膝をつく光景がでてしまい、野瀬選手に『注意』が与えられます。

ようやくわかってきましたが、野瀬選手のこの戦法は、まず片襟にすることで相手に不完全な組み手をさせることにあり、次に、審判に反則を取られる前に大型の選手は必ず攻めに出て行きます。基本的に足技(内股・大外刈り・大内刈り)が最もスタンダードで出やすい技ですが、野瀬選手の組み手を思い出してください。

左組み手の選手が相手がこれらの技を使うには、必ず左足を振り上げなければなりません。しかし前傾姿勢になっている野瀬選手は、その足を取る絶好の位置に、自分を常に置いているのです。さっきから野瀬選手が足を掴むシーンがあったのはそういう理由ですし、逆に上水選手が攻めあぐねたのも、それが理由でしょう。

この『片襟』で、上水選手に指導が行きます。

上水選手は組めたら、すぐに技を仕掛けます。豪快な形での払い腰を見せますが、これを野瀬選手を崩し、それだけでは終わらせず、内股で続けますが、これは透かしてしまい、逆に野瀬選手が上から攻めようとしますが、すぐ持ち直して、圧力を掛けていき、野瀬選手が内股を出しますがこれを潰して、上から攻め、再び、『待て』です。

上水選手は組合いの中、釣り手を持てたとしても片襟です。なるべくいい位置をと少し手を休めると、野瀬選手は釣り手も引き手も持っていますので、大内刈りを出してきます。試合はだいたい流れが出て来たのか、両者共に攻めていきますが、決定打に欠けます。
試合終了近く、上水選手が大外刈りで豪快に投げきったように見えたのですが、陰になって見えず、また審判も何もポイントを与えませんでした。これがこの試合で最も大きく、相手をぐらつかせた技ではないでしょうか。

終了直前、野瀬選手は双手刈りを出しますが、かわされ、試合が終わります。

試合は、上水選手が勝ちましたが、これで1回戦2回戦と計12分戦っていることになります。

上水選手の大外刈り




野瀬 英豪 × 優勢勝ち(注意) 上水研一朗

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