全日本選手権大会
第六試合


赤:市ノ渡秀一選手

(国士舘大学←青森北高校:初出場:東京地区代表:183cm・133kg)

白:芳森 信吾選手

(愛知県警←東海大学:2回目:東海地区代表:173cm・90kg)

市ノ渡選手を初めて見ましたのが、昨年の全日本団体です。篠原選手を中心とする旭化成は決勝まで3回戦い、15試合中14試合で一本勝ちしていますが、唯一、一本負けした、『取れなかった』試合があります。それが、国士舘大学戦での、『下出選手対市ノ渡選手』です。ここで市ノ渡選手は鮮やかな内股で、下出選手から一本を奪います。

その後、全日本の東京大会でも順当に勝ち上がり、そこでは3位の成績を修めています。

対する芳森選手はこの体重差、43kgをどのように克服するのか、注目の試合です。90kg級ですが、軽量対重量の戦いとも見ることが出来ます。

芳森選手の小外刈り

芳森選手は積極的に動き、開始早々、釣り手を持たれると同時にでしょうか、背負い投げを見せます。これは有効打とならず、市ノ渡選手は倒れません。

組み手の攻防が再度始まります。芳森選手の組み手が巧く、市ノ渡選手はなかなか奥襟が持てません。

両者なかなか組めませんが、ここで芳森選手は右手で相手の右襟を持ち(芳森選手の組み手はここから始まるようです)、左手で相手の釣り手を殺します。
即座に小外刈り、大外刈りと前へ出て行き、市ノ渡選手が封じられた釣り手を意識している間に、絶妙のタイミングで左組み手の袖釣り込み腰を見せます。

これは腹這いでポイントになりませんでした。

芳森選手の袖釣り込み腰

焦らず、市ノ渡選手はどんどんどんどんと前へ出て行きます。次第に芳森選手が全身で組み手を切るシーンが、増えていきます。技が出ていなかったのを自分で意識したのでしょうか、釣り手が封じられているので、それでも出せる技、積極的な払い巻き込みを見せます。これは倒すだけでしたが、この後、試合の流れは市ノ渡選手へと傾きます。

勝負の分水嶺は、芳森選手がいかに、市ノ渡選手の釣り手を持たせないかに、あったようです。激しい攻防の末、この試合で初めて市ノ渡選手が釣り手を持った途端、芳森選手の頭が下がり、押さえつけられてしまいます。この組み手は芳森選手が崩れて、『待て』が入りました。

市ノ渡選手が潰す

芳森選手は戦法を遵守し、絶対に釣り手を持たせないように、自身が引き手を持ったらすぐに技をかけ、崩していきます。市ノ渡選手はそれでも前へ前へ出て積極性を失いません。

この頃になると市ノ渡選手が、先に組みを行っています。それでも芳森選手は再度、右で相手の襟を持ち、左の引き手で相手の釣り手を封じ、大内刈りを出しますがこれは浅く、決まりません。ここで、『相手と取り組まない』と、芳森選手に『指導』が与えられます。

市ノ渡選手は組際、即座に背中を持ちますが、芳森選手これを巧く外します。しかし、諦めず、市ノ渡選手はもう一度、払い巻き込みを見せますが、これはすっぽ抜けて、亀の状態で『待て』が入ります。

芳森選手は先ほどから有効に相手を崩している、膝をついての背負い投げを試みます。しかし、これが思わぬ効果を呼びます。相手に持たせないで仕掛けるこの技ですが、今回は市ノ渡選手が崩れず、技を終えて立ち上がった時、奥襟を取られる機会を作ってしまったのです。

市ノ渡選手はこの絶好の機会をいかしたかったのですが、芳森選手はこの組み手の危険を熟知しており、自分から防御的姿勢に入った、と思います。この結果、『注意』が与えられます。この頃になると、芳森選手が袖で顔を拭くシーンが増えており、会場の暑さと市ノ渡選手の圧力が、スタミナを奪っているようです。

勝負は、次の局面で決着しました。この試合、三回目となる釣り手を、市ノ渡選手が持ちます。今度のそれは今までよりもがっちり掴み、内股を繰り出します。しかしこれを芳森選手は足を浮かして外します。

内股を外す芳森選手

二度目の内股で引き寄せ……

三度目で投げる!

市ノ渡選手は絶好の機会を逃しません。芳森選手の足が下がらないうちに、二度目の内股で跳ね上げます。しかし、この内股は市ノ渡選手にとって、『崩し』に過ぎません。遠のいた芳森選手の足をちょうどいい位置へ寄せるよう調整して、回りながら相手の上体も引き寄せ、降ろしきらない自らの足で、最高の形に『整え』て、三度目の内股で仕上げます。

綺麗な弧を描いて、『一本』です。

軽量の選手が戦うには、如何に相手の釣り手を殺すかが、重要なようです。今回、芳森選手は徹底して釣り手を持たせないようにしていました。どの局面でも、持たれた途端、危険な状態になっています。

市ノ渡選手が数少ない、数えられるほどしかなかった好機を巧く活用した、試合でした。



市ノ渡秀一 内股(03:51) × 芳森 信吾

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