○主審三人制にて思うこと

SINCE 2001/06/15

▼主審三審制

この制度は、昨年末ぐらいから大学生の柔道の現場が中心となって進めてきている(と記憶にありましたが、間違っているかもしれません)誤審防止策のひとつとして、注目を集めています。現在、日本側が提示する防止策には「ビデオ判定」と、この「主審三人制」があります。

主審三人制は、立ち技において、主審と異なる判断をした場合にのみ、副審が判定を示す動作をする現状を改め、主審と同じに副審が判定を示す動作を行うシステムです。これについて、いろいろと考えてみましたので、ここに書き連ねます。

また、本日の読売新聞22面では、講道館杯でも導入予定とのことで、全日本クラスの大会でビデオ判定よりも早く導入されるこの制度について、検証します。

▼メリット

以前も、『見る』柔道20010226_01で書きましたが、主審三人制のメリットは、他の審判の判断に引きずられず、副審が自由に判断できる点です。柔道の副審は、主審の判定に異議があった場合のみ、自らの判定を表現します。

この為、筆者の考えでは、以下の判断を経て、副審は判断をします。

『主審の判定を見る』
⇒『自分の判断と比較する』
⇒『判定をするかどうかを考える』

しかし、主審の判定という先入観が与えられるために、必ずしも初期の判断と異なっていても納得できる場合は、黙っているでしょう。これでは、副審が見たそのままを判定するのは難しく、同時に表現するのは理にかなっています。

また、これによって副審は常に主審と同様の緊張感を持って試合に臨み、大きな経験を積む機会を与えられているとも考えられます。ある意味で、副審は何も動作をしないままに試合を終えることもあるのです。主審の判断から離れることで、自立した責任を求められますのは、精神的に負荷となりますが、経験にはプラスのはずです。

a:副審の判断がより自由になることで、判定がリアルになる。
b:副審の責任が増し、緊張感が増し、経験を積む機会が増える。

▼デメリット

とはいえ、これで篠原選手に訪れた誤審が消えうせるかと言うと、疑問符です。篠原選手のケースでは、主審が見えていなかった可能性が非常に高いです。正面にいた、副審のみが篠原選手の一本としていたからです。

同様のケースでは主審三人制の意味は、無いでしょう。

三人がそれぞれの位置でめいめいに判定を行う結果は、多数決です。仮にシドニーのケースを主審三人制で判定したとしても、残りのふたりは相変わらず見えない位置にいるのですから、当然、結果は有効です。

主審三人制において危惧するものは、見えない人が見える人と同じ比重で判定をする点です。この意味において、主審三人制の有効性は、誤審防止に関して低い効果、もしくは何ら改善を与えません。

結局、『誤審』が起きる原因とはなんでしょうか?

審判の経験不足に限らず、単純に「見えない」場合もあります。篠原選手の受けたケースはこれに該当すると考えます。別の角度では見えているわけで、見えていればこそ、『正しい判定』が存在し、見えていない角度の判定が『誤審』となるのです。

つまり、見える角度を増やし、かつ『見えない』と自分ではわからず、『見えたつもりでいる』審判の判定に対して、何らかの制限を加えなければ、篠原選手のケースでの救済策はあり得ません。

誤審対策の前向きな姿勢は伝わりますが、日本側がこうした方法を提案する根拠が見えません。

国際柔道連盟の誤審対策

IJFは、結果として起こり得る『錯誤』を無くす意味で、A:「例えば、主審と副審の一人が白の有効、副審の一人が青の一本とした場合、協議をしなければならない(must)」との条項を追加しています。

また、B:「どちらの技なのか、わかりにくい状況では、開始線を指差してポイントの帰属を示すべきである(should)」と定めました。シドニーの局面で、主審がどちらかを示さないまま、掲示板係が点数をドゥイエ氏に与えた点を反省したと思われるのですが、この条項は以前からあったの、再定義となります。

これに加えて『主審と副審の判定が2段階(一本と有効)異なった場合は、多数決で単純に決めるのではなく、必ず協議する』との条項も加味すべきですが、少なくともIJFは誤審対策に、主審三人制を取り入れる気配は無く、またハンガリーの審判委員会会合では、重要性を認めていません。

ハンガリーの審判委員会会合からの引用

16. Should the Referee always point to the corresponding tape of the score in the future?

The IJF Referee Commission reconfirms that the Referee, should point to the corresponding tape who should receive the score in difficult situations.


⇒Bに関するものです。「常に審判は開始線を指差して、技の帰属を明らかにすべきか」との問いかけに対して、「わかりにくい局面と述べているので、それ以外では必ずしもする必要が無い(意訳)」と、答えています。

「わかりにくい局面」を判断するのもまた審判である点で、「常に」指すべきなのですが、この点、IJFは必ずしもすっきりした解答を与えず、また義務の「must」ではなく、「should」の言葉を当てている点も、首を傾げます。

17. Should the Judges make gestures just like the Referee?

The IJF Referee Commission agrees to keep the present system since it will be more confusing for the Referees.


⇒これが、「主審三人制」を意味するものと思います。「副審(Judges)は主審(Referee)と同時に、判定を示す動作をすべきか」との問いに対しての解答は、「審判団を混乱させるので、審判委員会は現在のシステムを維持する」となっています。

国際的に有効な「誤審軽減策」として、「主審三人制」はこの時点で考慮はされているものの、まったく評価されていないと見ていいでしょう。

▼篠原選手のケースの誤審を無くすためには?

1.死角を無くす。
2.且つ、見えなかった角度の審判による判定が、見えている角度の審判の判定に優先しないような制度的な枠組みを設ける。

結論から言えば、本人にはそれが『死角』かどうかを判断することは不可能です。他に正しい判定が存在すればこそ、『誤審』が成立します。つまり、『見えている』人による判断が無ければなりませんし、その声を聞ける状態を作り出す必要があります。

主審が位置取りを間違えなければ、問題無いのですが、これが難しいと考えると、あらゆる角度から映像を撮影し、それを管理できる人…現時点では審判団を管理する『審判委員』…が、その判断を行い、審判団へ意見を述べることになるでしょう。

現時点でも審判委員はこうした「審判団への介入」を行える権限を持ちますが、シドニーではそれが有効に機能していません。審判委員の一人が日本人の川口氏だったにも関わらずです。

しかし、きちんと介入すべき事例を定義すれば、介入しやすくなると思います。現在の条項はあくまでも、「誤った側にポイントが入った場合」です。また撮影をすることで、、客観的証拠を得ますので、試合を途中で止めても、説明責任を果たせます。

仮に死角となった状態で判定を下した審判員がいたとすると、審判委員もしくは見えていた副審が、試合を停止してビデオの再生を提議して、そこで間違いを指摘して、納得してもらった上で正しい判定を下すのです。

ビデオの意義は視野を広げるだけではなく、審判のミスをその場で無くす根拠となりえますし、その光景を会場に流せば、ある程度、透明性も出てきます。

▼主審三人制の意味

こうして、柔道の現場にいない自分が、想像力と常識を基点に物事を考える限り、主審三人制は必ずしも今までの、少なくとも篠原選手の受けた誤審に関する限り、有効な解決策とは言えません。

では主審三人制は、なぜ言われるようになったのでしょうか?

ビデオの判定機材は高額です。どの大会にも平等に導入することは、まず不可能でしょう。尚且つ、日本の大会のほとんどは競技会として成立しており、1日にかなりの試合を消化します。見る為の大会は客を顧慮して、あまりスケジュールも詰めず、何日かに渡って行えますが、柔道の大会はそうではありません。

その為、試合場がふたつ以上の会場がほとんどです。

仮に試合場の数だけビデオが揃ったとしても、置く場所・角度が取れないのです。場所を取らずに、誤審対策を行えると思える『主審三人制』が提起されていると想像します。とはいえ、今のところ大学生の現場が中心なようで、導入される正力杯も大学生の大会ですので、全柔連主催大会で導入されるかは、微妙です。

お金をかけずに、誤審を無くすにはどうしたらいいのでしょうか?

どの大会でも平等に誤審防止の判定を行うならば、判定が主審と副審で異なった場合、最低限、多数決の原則を用いる前に、必ず審判団、及び外部の目である審判委員を加えて、協議を行うべきです。

とはいえ、これも試合時間の延長と言う点からすると、マイナス用件ですが、試合時間が延びるという試合以外の要素(大会運営)で、競技者の権利を損ねる競技に未来は無いですから、あまり考えなくてもいいかもしれません。

▼最終的に

見える人間を増やし、決定を下す過程を増やす、制度的保障をすれば、ある程度、誤審は減少します。これは論理的な考え方で、現場は違うかもしれませんが、少なくともビデオ判定や主審三人制を導入する前に、なぜ、『誤審』が起きるのか、或いは、問題とする誤審とはどのようなものなのか、その点を深く掘り下げなければなりません。

『誤審』とは、「正しい判断をした人」と、「誤った判断をした人」がいた場合、「誤った判断の判定が結果」となってしまうことです。「誤った判断」をした人もわざと間違っているわけではありません。

少し話は変わりますが、以前、全柔連の掲示板で提案されていた方がいました。主審三人制ではなく、完全に死角を無くす、副審四人を四隅に配する『五人制』はどうか、というものです。副審はまったく動きませんので、見えない角度は生じます。この四方から監視する考え方は相撲でもあったと思いますし、そこに書かれた方は確か、「経費もかからない」とおっしゃっていました。

とはいえ、主審三人制が導入される契機を完全には知らないので、自分の主審三人制への検討は間違っているかもしれません。

なぜならば、主審三人制が、「同一の競技者による、全員が正しく見える状態での、審判員個人による判断の相違」を減少させ、より正しい判定を決定することを目標としていら、どうでしょうか?

「同一個人による判定の大小」を「誤審」と定義して、その解決策として提案されたならば、「どちらの技かわかりにくい」「死角で見えていない」を「誤審」として、それを解決するには適当ではないと述べてきた今までの主審三人制への意見は、前提が異なるのですから、意味を持ちません。

ところが、今日の読売新聞では、あくまでも主審三人制が「篠原選手とドゥイエ選手の試合」の対策の一貫として捉えて伝えられています。審判に対する負担を増加させるこの制度が、日本国内で、それも選手の運命を大きく左右する、指定選手の選考会『講道館杯』で使われる点に、ささやかながら危惧を感じます。他の対策、ルール面の整備は無いのでしょうか? どうして『ビデオ化』は鳴りを潜めたのでしょうか?

今現在、IJFで検討が進んでいるのは、主審三人制ではなく、『ビデオ判定』です。日本が導入に関してイニシアチブを取るには、『ガイドライン』を設ける為のデータを揃えることではないでしょうか? 全日本選手権では撮影が行われていましたが……

ところで、主審三人制では、『審判団による協議』は保証されるのでしょうか? 単純に多数決を行うだけでは後退ですが、逆に全員が判定を同時に表現することは、観客や審判委員に対して判断基準が示されるので透明化するメリットもあるかもしれませんが、上記の考察では、『篠原選手の受けた誤審』に対して、根本的な解決策ではないと、だからこそ今回、長々しい文章を書きました。


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